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 学校が終わった後、オレはいつものように強くなる為の修行も兼ねて、全速力で秀真邸へと戻って来た。
 着替えて一休みしていると……
「渉! そろそろ取り掛からなくていいのか。この屋敷の掃除は、お前の仕事だろ」
 オレは慌てて、声のする方を振り返る。
 部屋の入り口には、オレが最も尊敬してる相手・秀真凛兄貴が立っていた。
「あっ、兄貴! オレ、今からやろうと思ってて――」
 居住まいを正しながら、そう答えようとするけれど……。
「言い訳はいいから、さっさと掃除に取り掛かれよ。このままだと、また夕飯食いっぱぐれるぞ」
 兄貴の冷たい視線に、遮られてしまう。
「分かった! そんじゃ、気合入れて掃除してくる!」
 オレはそう言い残し、掃除道具片手に部屋を飛び出した。

「こ、のやろ……なかなか綺麗にならねーな……」
 床も窓も一応毎日磨いてはいるのだが、人の出入りが激しい為か、はたまたこの街の空気が汚れているからか、なかなか綺麗になってくれない。
 オレがこの秀真邸の居候になってから、もう数年になる。
 秀真機関の構成員でも何でもないオレをここに置いてくれて、メシや住むところの面倒を見てくれてる兄貴や秀真機関の人達には、いくら礼を言っても言い足りないくらいだ。
 だから、せめてもの恩返しに、こうして毎日屋敷の掃除をさせてもらってるってわけだ。
 まあ、できることが掃除ぐらいしかねーってのも正直、情けなくはあるけど……オレだってきっといつか、秀真機関の一員として立派に働ける日が来るはずだし。
 それに……無理して背伸びなんてしたら、またあの時みたいなことになっちまうに決まってるもんな。
 あの日のことを思い出すと、悔しさが胸に満ちてくる。
 オレは――『NEDE』の制服を着たあいつに、手も足も出なかった。笑えるぐらい、実力の差があり過ぎた。
 聖はいい奴だから、オレを責めたりしなかったけど……。
「……と、こんなこと考えてる暇なんてねーよな。さっさと、掃除終わらせちまわねーと」
 と、その時、何気なく時計を見上げたオレは、あることに気付く。
 そーいや今日は、いつも観てる戦隊ヒーローの放映日だっけ。
 ……って、駄目だ駄目だ。
 まだ掃除終わってねーのに、そんなの観てる暇なんてねーはずじゃん。
 そう思って、畳の乾拭きを続けようとするが……どうしても、視界の端にあるテレビが気になってしまう。
 だ、大丈夫……かな?
 たった30分なんだし、観終わった後に急いで片付ければ何とかなるかも……。
 何より、このままだと掃除に集中できそうにねーし。
 よし、決めた!
 オレは周囲に人の気配がないことを確かめてから、おもむろにテレビの電源を入れる。
 スピーディーな展開に、血湧き肉躍るバトル。オレは数分も経たないうちに、テレビに釘付けになってしまう。
 そうだよな。やっぱ、これが男の世界ってもんだよな……!
 オレもいつかこんな風に、誰かを守って戦うことができたら、すっげー格好いいんだろうな……。
 そんなことを心の中で呟いた瞬間、なぜかふと、聖の顔が脳裏に浮かんだ。
 ……ちょ、ちょっと待て。
 どうして、「誰かを守る為に戦いたい」って思った瞬間、あいつの顔が浮かぶんだ?
 格好いい男ってのは、もっと――世界平和の為とか、この街で暮らす子供とか、そういうものの為に戦うもので……。
「い、いや、あり得ねーぞ。今のはきっと、何かの間違いだ! うん、そうに違いない!」
 そう呟きながら、頭をぶんぶんと左右に振った時。
「ほお、一体何が間違いなんだ? 掃除の最中だってのに、お子様向けの番組を鑑賞中なんて、いい度胸してるじゃないか」
 背後から、冷え切った声が飛んできた。
 この声は、まさか……。
 オレが恐る恐る背後を振り返ると――。
「な~にやってんだ、お前は! サボッてないで、さっさと掃除を終わらせろ!」
 凛兄貴の怒声が飛んできた。
「は、はいっ――!」
 オレは慌ててテレビを消し、再び掃除に取り掛かったけど……。
 結局その日、夕飯にありつけなかったことは、言うまでもない。

(終)



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